職場でやられると嫌なこと

  1. タイピング音が強烈
  2. グップ(大音量)
  3. ひとりごと(大音量&エンドレス)
  4. クソデカため息
  5. 他人へのネガティブな評価に同意を求めてくる

音に敏感なせいか、こういうことに少しずつ精神を削られる。やはり気にならない程度に物理的距離があるといいんだけど、そんなスペースはない。。まあただの愚痴です。

リトルフォレスト、好きだわー

 一月ほど前、アマゾンプライムで観たリトルフォレストにドハマリした。視聴可能期間中、何度も観た。

 勢いで漫画も購入したけど、あらためて読み直してみて、
自分がとても好きになった、ああそうだよなあと実感するフレーズがあって。

 

イチコの

コトバはあてにならないけどわたしの体が感じたことなら信じられる

 ユウタの

自分自身の体でさ
実際にやった事とその中で自分が感じた事考えた事

自分の責任で話せる事ってそれだけだろう?
そういう事をたくさん持ってる人を尊敬するだろ
信用もする

 

 経験にとらわれてばかりでも駄目なのだろうけど、でもやっぱり自分の口から責任をもって語れることってあまりないよね、と感じることが多いからこのフレーズが染みる。

 人間の想像力とか共感力って文明を築く凄いパワーを持っているんだけど、
やっぱネットの上でそのパワーが吹き荒れるのを目にすると、強くそう思う。

findとxargsとgrepを使ったand検索

なんか頭からなかなか出てこなかったのでメモ

grepのオプションでlを使ってつなげ、パイプでxargsにファイル名のリストを渡し続ける。

カレントディレクトリ以下で探す場合
find ./ -name 'ファイル名' | xargs grep -l 'あああ' | xargs grep 'いいい'

ナガルコットからはてなブログを更新

世界で初めてネパールのナガルコットからはてなブログを更新!多分ね。カトマンズは在住はてなブロガーがいそうな気がするので。

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最近観た映画

Queen of Katwe

ウガンダのKatweという街のスラムで暮らす女の子・フィオナが、チェスを始めることで人生を切り開いていく実話の映画化。すごく良かったです。フィオナの才能と努力も勿論凄いんですけど、何より周囲の大人、特にコーチのサポートが素晴らしかった。母親の感情描写も細かいです。夫が亡くなってから女手一人で育ててきたからこその挟持・思いがあり、チェスが何の役に立つんだっていう感覚を持つところから、大きな大会に出場するフィオナが遠くに行ってしまうような気持ちなど、丁寧に描かれていました。そして、そんなときでもコーチがうまいこと説得するのが本当にクール。脇を固める子役の演技も◎。

 

Arrival

エイリアンが12機の宇宙船で地球の様々な国に降り立ち、アメリカの女性言語学者がアメリカに降り立ったエイリアンの言葉を解読するミッションに参加するみたいなお話。観終わったあとは色々釈然としない感じがありました。特にエイリアンの存在・目的について。。ただこの映画のコンセプト・テーマを考えればエイリアンなんて本当はどうでもいいんだと思います。あくまでそのテーマを引き出すための装置でしかなくて。ただ海外だと大絶賛されてるようなんですが、個人的にはインターステラーの方がずっと面白かったかなーと。正直途中眠くなってしまった。

 

沈黙-サイレンス-

遠藤周作の本の映画化。日本でキリシタンが弾圧されていた時代、日本で消息を絶った宣教師を探しに二人の宣教師が長崎にやってくる。私は原作を読んでいませんが、読んでいた人曰くほぼ原作どおりだったそうです。上映時間がかなり長いんですけど不思議とそう感じなかったですね。内容的に重苦しく、楽しいシーンは全然ないし。。。イッセー尾形の演技は少しクスっときたけど。映画の中で出てくるセリフに、日本は沼だっていうのがあるんですけど、ああそうだよねと納得してしまった。この映画を観た後は一緒に観た人と信仰について考えたり、話し合ったりしましたね。だからって観てない人にあまりおすすめする気はおきないですが。しっかし人間は本当によく色んな拷問方法をひらめくよなあ。

 

 

ローソンのグリーンスムージーがめちゃうま

私の食生活かなりローソンで成り立ってるんですけど、
最近愛飲してたビタミンと食物繊維の2種類のジュースがなくなって
グリーンスムージーが置かれてたんです。

それでジュースの代わりに買ってみたんですけど、
めちゃくちゃ美味いんですよ。

爽やかな味もそうなんですけど、
なんといっても野菜と果実すりおろしてますって感じの
ドロッとした飲みごたえのある喉越しが最高で。

おすすめです。

件のロースクール学生の告白で思い出したこと

一橋大学ロースクールの学生が亡くなった件でふと昔のことを思い出したこと。

告白について。

中学生のとき、部活動で仲が良かった同級生がいた。
よくパパパパフィーとか、ぷっすまとか音楽の話とかしていた。

進学する高校はお互い違っていたのだけれど、中学校の卒業式の日、告白の手紙をその子からもらった。

手紙には高校入学を機に買ってもらったと思われる携帯電話の番号と、返事を聞かせてと欲しいと書いてあった。

でも私はその子のことを仲の良い友達と思ってはいたけど、恋愛感情はなかった。
当時、というか今でもそうなのだけれど、
自分が好意を持っていない相手から好意を寄せられて断るのはかなりストレスを感じてしまう。

私は臆病な人間なので、断ることで相手を傷つけることも、自分がそれに対して罪悪感のようなものを感じることも嫌なのだ。

結局、電話をかけることができないまま相手が勇気を出してしてくれた告白を無視してしまった。

今思えば、無視するという行為も相手を傷つける可能性が十分にあるのだけど。
そして、自分自身も罪悪感を回避できるかというとそんなことはなく。。。

高校でも同じ部活動を続けた私は、練習試合でその子が進学した高校に行った時、その子がその場にいることを知り非常にうろたえた。

その時はひたすらコソコソと隠れながら見つからないようにしていた。

仲が良かった子を相手にこんなことになってしまうのなら、やはりしっかり断ったほうがまだその後の関係というのも可能性があったかもしれない。

さすがにもう随分経つので今は会っても平気なのだけど、むこうはどう思っているだろう・・・。

ただ恋愛における告白文化は、私にはいつまでも馴染めそうもない。